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昔むかしの大昔。和国ほどの小さな島国でも“統一”という偉業は成されておらず。それなりの政権が立ちはしても、国家としての規模はさほど大きなものでなかったり、はたまた権勢の効く範囲が限られていたりしていたものが。文明の発達と、人口の増加などなどという付帯状況の変化・発展により、全国各地で“我こそは天下を取らん”として武将ら数多(あまた)立ち、一騎当千な“もののふ”らが率いる軍勢が各地で衝突。群雄割拠による戦乱の時代が訪れた。領土を巡る国取り合戦は何年も何十年も続き、国土は焼かれ、力なき人民は逃げ惑い、それでも何とか収拾を見んとしていた終焉期。とある高名な一族の宗家の血が途絶えてしまい、そのままでは新しい将軍の統治下で、お家断絶という扱いとなってしまうのは必至。その秘密を守るため、替え玉の幼子をさらって来いと命じられた男がいたのだが、お家大事とした隋臣らの手にかかり、口封じのためにと有無をも言わさず殺されてしまったのだとか。そんな理不尽な話はないからということか、さらわれた子供には障りはなかったが、その企みに加担した顔触れは次々に変死を遂げ、事情を知らぬ者らは、だからこその恐怖におびえていた。法力の高い僧侶が真相を見抜き、その怨霊を封じてから、その御霊(みたま)を一族の護神として祀りなさいとの助言をしてくれたらしいのだけれど。その一族はまだ続く祟りのせいか、当代が短命で、世継ぎを早く早くに作ってはギリギリつないできたらしく。そんな危うい家系だったことからだろう、将軍直属という名家だったその階級位もどんどんと下げられての今は。とある裕福な藩主の“相談役”という肩書の下、実質はその藩預かりという身にまでの、縮小の憂き目を見ているそうで。
“…まあ、戦国の世にどんな誉れがあったかは知らねぇが、
どっちにしたってそりゃあご先祖様の成したことだろうによ。”
今の世の子孫は子孫で、自力で別口の働きを示してりゃあ、ここまでの凋落なんて事態にゃあならなかっただろうにねと。子供でも判りそうな“常識”が通じぬほど、とんでもない権勢を振るってた家柄だった、その唯一の名残りででもあるものか。西の方に住まわれるという帝や、その周辺を固めているという貴族の装束だろう。やたらと絹をたわませ膨らませた仕立ての、直衣だの狩衣だのとかいう仰々しい恰好を着込んだ面々が、暗がりの中に十数人ほど、畏(かしこ)まって座しており。一人一人の背後には、それぞれの供だろか、そちらは簡素な黒装束の者らが幾たりかずつついていて。総勢は結構な数が、灯明と篝火のような護摩(ごま)の炎に照らされ、ただただ畏まっている様は何とも異様。寺の伽藍で言えば本堂にあたる“金堂”のような建物の中に、一挙集合なさっておいでのそんな怪しい人々だが、彼らが向き合う一等奥向き、ご本尊を据えるのだろう位置には、きらびやかな装飾のほどこされた匂欄に取り巻かれた須弥壇こそあるものの、仏像も御神体も、お札の一枚も据えられちゃあいない。すぐ手前、白木を組まれた中に明々と立ちのぼる、護摩の火柱が照らし出しているものは、どこか古びた鞘の塗りや鐔の金具が黄昏の色で染められた、大小様々な太刀の山。それらを前にし、一心不乱に何事かを念じている、金襴錦の袈裟をまとった老爺があって。時折高まる彼の声だけが、薄闇の中に満ち満ちて、お堂の中は何とも言い難い空気。仏への呼びかけならば玉櫛を振るのはおかしいし、神への祈りなら大玉の数珠を爪繰っている者がいるのはやはり妙なその一団。とはいえ、単なる儀式、建前でやっていることにしては、全員の意識がすっかりと祭壇の方へばかり集中しているのが何とも異常。侵入した側に十分な心得があってのことといっても、これほどまで濃密に、一体化しているかのような空気の中に別の気配がそよいだならば。どうやらお武家様の一団らしいのだ、家臣の誰か一人でも気づいての、確認にと立って来たってよさそうなものだろに。
“護衛を担う者まで緩み切っているのか、若しくは…。”
下々の者まで全てというそれほどまでに、のめり込んでコトにあたっているということか。先人が打ち立てた、それはそれは綺羅々々しい悠久の歴史という蓄積があるとか、面子や世間体、家名とやらが人ひとりの命より重いという、何とも言いがたい価値観から起きた、言語道断、とんでもない事件というのは、今も昔も枚挙の暇がないけれど。
“生きてるもんが死者にすがってどうするかねぇ。”
宗家の当主が短命な家系なことへの、後づけの伝承かも知れないと、今でこそ落ち着いた解釈も出来ようそんな言い伝えだったはずが。今の代に、それを真に受けた分家が出たらしく。
『本家の病弱な若君と、自分の血を継ぐ子だか孫だかとの次代争いへ、
呪われた御霊の祠に納められし“されこうべ”を検分に使えば、
どちらの血が濃いか、正統に近いかが判る…という言い伝えを闇雲に信じ、
その祠を開ける鍵、開封の刀を血眼になって探しているのだとか。』
珍妙な窃盗の源を辿り、そんな真相に至ってしまったそのおりは、何かの間違いだろと自分の耳目を疑ってしまったほどだった、公儀御庭番様だったのだけれども。このおぞましい祈祷の祭壇で鉢合わせた、この藩随一という凄腕隠密のお姉様もまた、同じ結論に辿り着いたと証言して下さっては、気のせいなんてな悪あがきをしている場合じゃあない。
『あんたらの裁量下で決着をつけたいというのなら、
その運びへの協力をしてやってもいい。』
というか、こんな正気を疑うような事案を、事実として報告しきれるだけの技巧を持ち合わせてはない身だから、
『直接の上役から、
俺こそがどうにかなったんじゃないかってな眸で見られるのは面倒だしな。』
包み隠さずの本当のところというのをあっけらかんと語って、それ以降は補佐に回っての下調べや証拠固めに奔走してくれている、雲水姿の御庭番さんが身を潜めていたのは出入り口間近な物陰で。黒髪の女隠密、知的なお姉様が隠れているのは、逆に須弥壇に間近なやはり物陰。この場所も、既に何日にも渡って言わば通い詰めてるも同様の彼らであり、大将格の気がいよいよ急いて来たものか、人死にまで出ている無体な押し込みとの連動ぶりといい。ここへと首謀者らが揃うのを待っていたが、そろそろ潮時、一気に畳んだ方が善さそうな頃合いじゃあなかろうかという算段はつけてもおり。今宵の犯行にと出てった一団が戻って来たらそれを逃れられぬ証拠として、いよいよと埃を叩いてやろうかいと構えていた彼らでもあったのだけれども。
「お館様、今宵とうとう、北方の厨子の小太刀が。」
観音開きの扉が一方だけ開いて、そこへと立った中間風の従者から、伝言を聞いたらしき隋臣の一人が、袈裟姿の老爺へそうと告げる。彼が従えて来た中間が、恭しくも錦の袱紗(ふくさ)越しにして捧げ持っていたものは。黒漆の塗りもつややかな鞘に収められた、小太刀というより懐刀のような、鐔なしの短い刀。渋うちわの如くに痩せ細った老爺は、僧正様などころか この企みの総代殿であったらしく、差し出された小太刀へ金壷まなこを据えると、興奮に打ち震えている手を伸ばす。ぼったりした袖の先から覗く、肉などほとんどそげ落ちているかのような手が指が、触れる間際でふと躊躇したよに止まったは、それが幻だったらとでも思うたか、それとも、ここに来てコトの成就への恐れでも沸いたのか。だが、触れてからの動作は荒く。いかにもな鷲掴みに握り締めると、暗いからというだけでは無さそうな執心ぶりにて顔の間近へまで寄せての眺め回し、舐め回しているも同然に視覚で貪り尽くしてから、それを差し出した隋臣へあらためて顎をしゃくって見せる。すると、そこは心得たもの、金色が煤けた末なのだろか、妙に黄味がかった直衣の彼は、鷹揚な仕草で手を上げて別の侍従を招き寄せる。それにて呼ばれたのは二人の小者。そして彼らによってしずしずと運ばれたのが、こちらも黒塗りの、神棚へお札を収めておく閼伽棚(あかだな)の社にも似た拵えの、それにしちゃちょっとした大きさのある“厨子”である。篝火や護摩の炎柱に照らされて、異様な物体にも見えなくはないそれを眼前へと据えられると、仰々しき袈裟に埋もれるようになっていた老爺は、だが、案外と足腰は達者なのか、くるりとその身を回して後ろへと向き直る。それまで向かい合っていた護摩焚きの炎を背負った様は更に異様で、今更 何かしら呪いに道具を用立てなくとも、十分に魔力くらい発動させられそうな風情のする御仁であり。
「…さあさ、お目覚めなさいまし。我らが血統の審判の司。」
そちらこそ骸骨のように骨張った手で、小太刀の鞘と柄、左右に掴みしめ、体の前にてゆるゆると抜いてゆく。
「本家の若と、我が孫、鶴松。
どちらの血が正統なるか、お前様の裁定聞かせてもらおう。」
抜き放たれた懐刀は、そりゃあ綺麗に研ぎ出された刃が、間近な炎を受けてギラリと光り、その切っ先からの反射が老爺の顔にも歪んだ光を跳ね返す。いよいよという緊張に、場の空気がするすると強ばったものの、
《 思い出しましたっ!》
唐突な声が…それも控えていた面々の末席、ずんと離れたところから立ったものだから、一同がぎょっとして一斉にそちらを向く。灯されていた燈明だけでは足らぬとばかり、用意されてあった龕燈(がんどう、多少振り回しても蝋燭が倒れない筒状の手燭)にも火が灯されてのそちらへと振り向けられたのだが、
「ば…っ、何をいきなり騒ぎ出すかな、お前はよっ。」
《 だって、わたくし、あの箱から取り出されたのですもの。》
「そうじゃなくてだなっ!」
お堂を支える柱の一つ、その陰へと隠れていたらしい存在が、声を立てたら見つかるだろうがと揉めているようだったが……いや、もう見つかってるし。そして、
“な…っ。”
そんな存在があったことへと驚いたのが、ここに集いし怪しい人々ならば、その顔触れへと驚いたのが、彼らを監視していた雲水姿の御庭番様。
《 あの箱です。あの箱の裏っ側の細工が脆くなってたところから、》
「だあもうっ、連れてく時に勝手に騒ぐなって約束してただろうがよっ。」
《 そうは言われましてもっ。》
「ややや、しまったっ。親分、見つかっちまったらしいっ。」
内輪もめにまずはと集中していたものだから、とっくに気づかれているのだという、肝心な現状には後から気づいてるのもお約束。どうやら麦ワラの親分が背中へ提げてた帽子の中へ、例の髑髏を…もさもさと嵩(かさ)のあったあの髪を何とか縮め、突っ込んで来ていたらしい、町方の皆様ご一行。チョッパー先生の鼻で此処までを嗅ぎ当て、何だか怪しいことをしているようだと、こっそりもぐり込めたところまでは上首尾だったらしいのだが、選りにも選って連れて来ていた髑髏さんが、あやふやだった記憶の断片をこの情景から鮮明にされたその弾み、ついつい大声を立ててしまったものらしく。追い詰めたはずの連中から、逆に不審な輩だとの注目を浴びている現状へ、
「……何か、やばくね?」
こいつは不味いなと、一応の身構え。小さなお医者の先生を庇いつつ、背中合わせに身を寄せ合う4人と1柱。
「柱?」
「仏さんや神様の数え方だよ、親分。」
「ああそっか、この髑髏が1柱か。」
あくまでも呑気なところは崩さないつもりでしょうか。(む〜ん) それはともかく。単なる盗賊じゃあないらしいとの予測はあったが、まさかにこうまでややこしい連中だったとは。お調べは上がっているだの、お縄につけだの、言ったところで素直にへへえと恐れ入るような気配じゃあないというのは、一目瞭然。
“それも、数の上でってだけじゃあなく。
下々の卑しい輩には我らへ手を挙げる資格なぞない…とか、
大見得切って言い出しそうな空気だしな。”
こっちからすりゃあ怪しいのは向こうで、どんな仮装行列だと笑ってやってもいいくらい。盗まれた太刀という証拠品だってきっちりと揃っているのだから、お武家が相手という管轄違いも何のその、それこそこの麦ワラの親分の得意技、勢いで畳み掛けてのお縄を打ったって構わないかもしれない状況ではあるが。そういった段取りの問題以上に、場の空気の異様さが今回の保護者にあたるサンジの気勢に、いやな感覚を与えてやまぬ。何となりゃあ、ルフィだけじゃあない自分だって腕には自信もあっての、ひとまず退散するためにというくらいなら場をもたせることも可能だが、
“此処に居合わせ見聞きしたことを外部へ持ち出されるくらいならと。
ご法度の“無礼打ち”をしたことにして自首するものを差し出してでも、
俺らを口封じに殺しかねないノリってのが感じられっからな。”
武家ならではな捨て身の覚悟を、下の者ほど潔く持ち合わせているのが難儀な人種。今は逃げられても地獄の果てまで刺客が追って来かねない、そんな空気がまといつく。これだからヤなんだ、宮仕えの侍はよと、苦々しげに口を曲げたサンジの傍ら、ルフィが何とか口を封じた髑髏が…どういう仕組みか、自分では動けなかったはずが勝手に弾んで親分の手から抜け出すと、
《 分家の佐馬之助が一子、鶴松君を次代に就けんとする策謀。
どうしても通してはならじと思い詰めた宗家の若君の守役が、
若を誘拐されてしまう前にと働いたのが私の隠蔽。
それを察した間者に斬られてしまったが、それでも私を渡しはしなんだ。》
薄暗がりに ふわりと浮かんだ髑髏を縁取るは、先程の不気味な声がした折にも滲んだ、緑がかった怪しい光。
《 追っ手だったこの堂を守りし輩を供連れに、大川に落ちて落命し、
その弾みに髑髏のほうは、遠い草むらへと投げやった。》
「大川?」
そんな場所での遭遇じゃあなかったよなと、ルフィがサンジやウソップへ眸で問うたのだが、
「通りすがりの犬だか鳶だかが、咥えて遠くまで運んだんじゃあねぇのかな。」
「あ、そか。そんであんなところまで。」
こちらの面々は妙に慣れが出来ていたので、こんな不思議現象にも今更驚くことはなく、語られた内容のほうへと言を交わしているほどだったが。今の今、初めてこんな…白骨化した髑髏が宙を舞いの、不気味な声がどこからかして恨み言を紡ぎのという、何とも禍々しい様相と対面している、こちらの方々におかれましては。
「な…なんだ、あの骸骨はっ!」
「まさか、お館様のご祈祷が招いた悪霊か?」
自分たちが構えていた呪いの祭壇よりもより一層不可思議な超常現象に、揃って度肝を抜かれてしまったらしくって。
「だが、此処の堂守りを道連れにしてのどうのと言うておる。」
「ああ。先日来から当番だった数名が行方知れずになっておるが…。」
ざわざわと落ち着きなくした家臣らが動揺のざわめきを呈す中、祭壇からは離れたところに控えていた、やはり豪奢な直衣姿の壮年男が立ち上がり、
「何を狼狽することがあるか。」
張りのある、大きな声での一喝を放った。着ているものこそ華族のそれだが、烏帽子の下には恐らく侍のマゲがあるに違いない、いかにも“もののふ”と言わんばかりな猛々しさで皆を叱咤したその人物は、
「そのような怪しき輩に怯んでどうするか。
我らの悲願の前に、そんな障害が立とうと恐れるるに足らず。」
言いつつ、すらりと抜き放たれたは、腰に差してた立派な大太刀。ひぃとウソップやチョッパーが後じさったのを、その背中で覆うようにして盾になったのが、サンジとルフィの二人であり。
「何がどうだか、判んねぇところがまだまだあっけれど。
このご城下じゃあ、たとい侍でも理由なしに刀を抜いちゃあご法度に触れる。
そのっくらいは判ってやってんだろうな、お武家様。」
帯から引き抜いた十手をかざし、こちらも張りと重みのある声で言い切って。腰を落として身構えたのがルフィなら、
「それにその言いよう。
なんか、それが神様であっても“障害”って言い切りそうな理屈だよな。」
こちらはサンジが、あまりに堂々と言ってのけたその壮年の言いようへこそ、忌々しげな御面相になる。我欲を押し通そうとする身で何をか言わんやと、むっかり呆れたその拍子、ここまで何とか一般常識を持って来て、手綱取りだか舵取りだか、横道へ逸れそうになりがちなルフィらを御して来た自制心の箍が、ぶっつりと弾け飛んでしまった模様であり。
「親分、どうやらこいつら、この髑髏を使って本家を引っ繰り返そうと企んでた、反乱分子って輩らしいぜ。」
「それっていけないことなんか?」
「さあて、そういう競争自体のどっちがどうとかいう理屈は知らねぇが。ただ、自分らの都合のために、この髑髏を叩き起こした奴がいるってのは事実。」
死者の眠りを妨げる奴に、ろくな手合いが居ねぇのは世の道理。あちこちで強引な押し込みはたらいて、刀を無理から盗んで集めてたのだって、それへと連なる段取りだったようだしな。
《 ええ、思い出しました。
私へとそれぞれの血を垂らし、
それでどっちが宗家に近い血筋かが判るのだとか。》
ぷかりと宙へ浮かんでいた髑髏が、今度は自身の声でそうと言い、
《 その儀式にいちいち要るのが何十本もの太刀だそうですが、
それにしたところで本来は、
そんな途轍もない、不可能な仕儀を掲げることで、
馬鹿げた懊悩、ふっ切るようにと諌めるための家伝であったのに。》
それさえ解せず、盲信から間違ったままに鵜呑みにしたほどの深い我欲、
《 何でこの私が、叶えてやらにゃあなりませんか。》
おどろおどろしい声が轟いて、さすがにこうまでの不気味な事態へは、いくら侍という肩書の家に育った者でも、皆が皆、肝が太くて落ち着いているとは限らず。あわわと逃げ惑うもの、腰を抜かしたまま後込みをする者らが右往左往を始めており。
「ええい、情けない者どもがっ!」
さっきの叱咤恫喝をなした壮年が、切れ上がった双眸をひん剥いて、抜いた大太刀振りかざし、侵入者目がけて突っ込んでくる。こちらもこちらですっかりと震え上がっているウソップやチョッパーを、入って来た方、見張りを張り倒してある戸口へと押しやりながら、
「おっとぉ。」
そんなしているルフィの背へと降ろされかけた刃は、サンジが真横から手元を蹴ることで、あらぬ方へと逸らさせて。
「こっちは丸腰だってのにな。こういう卑怯打ちも、もののふの兵法とやらには正道とあんのかい?」
「くっ!」
しびれた手首を押さえる壮年殿へは、生身の人間相手なら何とか立ち向かえようというクチが、次々に刀を抜いては楯にならんと駆け寄って来たけれど、
「ゴムゴムのがとりんぐっ!」
「どわっ!」
「うわぁっ!」
刃物との相性はよくないが、触れなきゃ問題はないとばかり。やはり相手の腕やら顔やら、片っ端から打っての弾き、寄るな寄るなと親分が自慢の技で吹っ飛ばすのの壮絶なこと。
「町方風情が管轄違いの狼藉をと、訴えたきゃ訴えればいい。だがな、そこに積まれた刀の数々を、どう言い訳出来んのかも算段しとけよ。」
武家だから大目にみるとかいう手心、掛けられるものかどうかの定規が、此処の藩ではよそと違ってなかなかに手厳しいと、それこそルフィでも知っている。人を傷つけ殺しまでしたこたびの騒動、藩主コブラ様とても、なあなあで済ます気はないだろことは、
“お達しこそ出してはないけれど、重々そのおつもりでおいでですものね。”
ついのこととて、ロビンが ふふと小さく苦笑したものの。そのお顔がはっとしたのは、思わぬ伏兵の存在に気がついたから。
「…っ、こんの…っ!!」
言わせておけば、とか。たかが町人に、長く続いた家名の誉れを汚す訳には行かない、武家の苦悩が判ってたまるかとか。そんなこんなの憤懣込めた、しゃにむな一撃。外回りをしていた中間かそこらの小者だろう臣下が、壁にあった隠し扉から飛び出して来ており。
「………え?」
ウソップやチョッパーを逃がさねばと、そっちへも気を取られていた分の隙を突かれた格好で、それでなくとも正面の敵にばかり集中していたルフィ親分、横手への注意は随分と無防備になっていた。気づいただけでも大したもので、だが、延ばし切ってた腕も戻すには遅かったし、ならばと身を躱すのへも微妙な間合い。重心を移すのがせいぜいというほど、そりゃあ素早く飛び出して来た凶刃へ、
「親分っ!」
その向こうにいたサンジがせめて突き飛ばそうと手を延べたのも、やはり間に合いそうにはなかった、悪夢と魔の刻が交錯したよな、不吉な刹那であったものが、
「…………………え?」
誰より彼より本人も、こりゃあ深々と刺されちまうと。覚悟というのじゃないけれど、そんな諦念に似たものが頭を掠めたほどだったのに。その身へどんとぶつかって来たものは、冷たい刃でもなければ、一本気な若侍の狂いかけの眼差しでもなく。じゃりんと大きな音立てた、頑丈そうな仕込みの錫杖をへし折られつつ、それでもその身は屈しないままだった、大きな大きな頼もしい背中の、
「……………、ぞろっっ!!!」
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*長々とお待たせした末に、とんでもないところで切ってすいません。
まったくもって、どこが剣豪BD話なんでしょうか。(む〜ん)

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